7話
河田武雄との婚約が決まってからは、茉莉の周囲も騒がしくなった。
両家との、さらに詰めた話合いが、何回ももたれるたびに、河田家に茉莉も連れ出される。
人形のように表情をなくした顔で、彼らと共に座る茉莉に、河田の当主も、高野の父も気付かない。
さすがに母が
「茉莉。気が進まなかったら、断ってもいいのよ。」
なんて優しい言葉をかけてくれたが、
「お母様。ご心配は無用ですわ。茉莉は、立派に務めを果たしますよ。」
と答えて、彼女に何ともいえない表情をされた。
(気が進まなかったら、断ってもいいだなんて・・。)
この婚儀は、政略結婚以外何者でもなく、両家の利益になるからこそ、勧めるべきものなのに、高野の母は、そこの所は、分かっていない。
彼女は、茉莉と根本からして違うので、そんな生易しいコメントが出るのかもしれない。思ったくらいだった。
高野の母も、旧華族の血をひく由緒正しいお家柄出身の女性だ。
温室育ちで、何の苦労も知らずにおっとり、豊かに暮らす彼女の事は、憧れる対象にあるが、茉莉の相談相手には適さない。
河田の家にいくと、茉莉の苦手な歩にも会わない日はなかった。
両家の婚儀が進められている話は、彼の耳に入っているらしく、歩はなぜだかとても不機嫌だった。
ある時などは、必死な瞳で、
「なぜ、そんな顔して、結婚話を進める場にいるんだよ。」
と、ここでも、まるで状況を把握していない彼からのコメントを聞いて、肩の力が抜けた。
いち早く花を咲かせたひまわりの元で、彼が言う。
「必死に取り繕っているんだろ?
・・・無理して、潰れたらどうするんだよ。俺の前では、“素のまま”を見せてくれるじゃないか・・・。
俺なら君を受け止めれるよ。だって、仮面の向こう側が見えるから。
繊細で、綺麗な茉莉の心がみえるんだよ。」
と言われた瞬間。
茉莉はまた彼の側から逃げ出してしまった。
河田邸の庭の奥に走って入り込み、一人でうずくまった。
胸の奥がムカムカするような、今まで感じた事のないような圧迫感を感じ、こみ上げてくる吐き気に耐えた。
(なぜ、あんな事言ってくるの?)
訳が分からない。
けれども、彼の言う通りなのだ。
歩がいうほど、自分の事を繊細だの綺麗だのとかは思っていなかったが、弱い部分を持つのは事実だから・・。
河田の妻のとしての責務は、茉莉にとっては重責以外のものでもない。
(けれど、するしかないのよ!。)
心の中の叫びは、虚しく響いた。